香りをテーマにした短編集というか、アンソロジーです。「あなたに大切な香りの記憶はありますか?」。
 全8編収録されており、それぞれ書き手も異なります。石田良、重松清、小池真理子……割と有名どころが揃っているといった印象を受けましたが、さて。

 私が一番好きなのは角田光代「父とガムと彼女」。
 子供の頃、一時的に家政婦として面倒を見てくれた”彼女”初子さん。彼女と主人公と父の間にあった不思議なもう一つの家族という感覚から、やや成長した主人公は彼女が父の愛人ではなかったのかと疑い始めます。
 しかしそれを思い切って母にぶつけると、母は完全に否定。であれば自分の勘違いだったのかと、彼女と父に申し訳なく思っていた主人公だけれど、最終的にやっぱり彼女は父の愛人だったのではと気付いてしまいます。それが、父が亡くなり、その遺影の前で抱き合って泣く母と彼女を見つけたから。
 それを見て直感的に彼女が父の愛人だったと見抜くあたり、女の勘って怖いなあと思う一方で、確かにそういうこと判っちゃうよねえとも思うし、母と彼女の間の関係も気になりました。

 テーマが香りでありながら、香りとは関係のないところで気になった物語でした。

 そもそも香りって、強い力を持つと思っています。
 言語化することが難しい直感的な刺激だからこそ、思い出や、自分の意識と関係なくある印象を残す。香りで相手の感情をある程度縛ることも可能だし、香りがきっかけで忘れていた思い出が蘇ってきたり。
 それは香りでなくても、音楽でも言葉でも味でもよいのでしょうけれど、香りが一番そういう力を持っているのではと思うのです。
 だから香水は憧れ。人為的な香りを扱える大人になれればなと思いますが、そうでなくても、香りの重要性を知りながら暮らしているだけでも十分に日々は豊かに彩られてゆくのでしょう。


あなたに大切な香りの記憶はありますか?
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